父はトンカツが好きだったなぁ! ― 2009年05月27日 20時27分07秒
いつも昼食は、そばか煮魚が多いのですが、今日はトンカツを食べました。そういえば父はトンカツが大好きだったなぁ!お酒は全く飲めない人でしたが、美食家で、私が子供の頃は上野や浅草のトンカツ屋、中華料理店、洋食屋などによく連れて行ってもらった記憶があります。
今日、実家に行き母と少し昔話をしました。母は友だちとよく旅行に行きましたが、父が退職してからは夫婦で海外に旅行することが何回かありました。
「いつもは安い旅行社に頼むのだけど、お父さんと一緒なんて珍しいからカナダに行く時はふんぱつして良いツアーに申し込んだのよ」「香港に行ったときは、メンバーのひとりがキャンセルになり、急きょ私が参加することになったのだけど、あの時は楽しそうだったわ」などと母が思い出を話してくれました。
父がこの世を去ってから4年、今日は父の命日です。
母と二人で墓参りに行ってきました。父が亡くなった直後より、時間が経ってからの方が、いろいろと思い出すことが多いのは不思議な気がします。
今日、実家に行き母と少し昔話をしました。母は友だちとよく旅行に行きましたが、父が退職してからは夫婦で海外に旅行することが何回かありました。
「いつもは安い旅行社に頼むのだけど、お父さんと一緒なんて珍しいからカナダに行く時はふんぱつして良いツアーに申し込んだのよ」「香港に行ったときは、メンバーのひとりがキャンセルになり、急きょ私が参加することになったのだけど、あの時は楽しそうだったわ」などと母が思い出を話してくれました。
父がこの世を去ってから4年、今日は父の命日です。
母と二人で墓参りに行ってきました。父が亡くなった直後より、時間が経ってからの方が、いろいろと思い出すことが多いのは不思議な気がします。
コメント
_ kou ― 2009年05月28日 02時00分54秒
_ 谷 千春 ― 2009年05月28日 05時19分37秒
kouさんへ 昔はどの家庭でもお父さんだけはおかずが一品多く、お風呂は一番最初と決まっていました。それが当たり前の時代でしたよね。 父が自分にしてくれただけのことを、自分が子どもたちにしてあげているか?はなはだ疑問です。 ただ、父は無口な人だったので、私はできるだけ子どもたちには、自分から話しかけるようにしています。(向こうはウザイと思っているかも知れませんが) 「親孝行したい時には親はなし」ということばがあります。いくらお墓にきれいな花を飾っても、亡くなってからでは感謝の気持ちは届かないかなと感じています。
_ スマイル ― 2009年05月28日 06時46分55秒
谷先生
スマイルです。
「親孝行 したいときには親はなし」 まさに実感できますね。というのも、口うるさいなあと感じるのは、聴いているその時だけで、あとになってみたらなるほどなあとかやっぱりねとか、納得できることがあるからです。
まだ親にはなっていません。相手もいません。
スマイルが親になれるかどうかわからないけれど、自分がそうなったときに、親にしてもらったのと同じことを子どもたちにしてあげられるかどうか、はなはだこころもとないのですが、いまできることをやらないで、将来のことは言えませんね。
それにしてもこの時代。
スマイルのいまをみつめつつ、親になる以前に、家族をもつこと家族を築くことの難しさをつくづく感じさせられています。
スマイルです。
「親孝行 したいときには親はなし」 まさに実感できますね。というのも、口うるさいなあと感じるのは、聴いているその時だけで、あとになってみたらなるほどなあとかやっぱりねとか、納得できることがあるからです。
まだ親にはなっていません。相手もいません。
スマイルが親になれるかどうかわからないけれど、自分がそうなったときに、親にしてもらったのと同じことを子どもたちにしてあげられるかどうか、はなはだこころもとないのですが、いまできることをやらないで、将来のことは言えませんね。
それにしてもこの時代。
スマイルのいまをみつめつつ、親になる以前に、家族をもつこと家族を築くことの難しさをつくづく感じさせられています。
_ 谷 千春 ― 2009年05月28日 12時32分43秒
スマイルさんへ 私もえらそうなことを書いてしまいましたが、母に会うと、母はずっとしゃべり続け、なおかつ同じ話の繰り返しですから、ついつい嫌な顔をしてしまうのが本当のところなんですけどね。 もちろん結婚も子どもも運命ですから「神のみぞ知る」ことなんでしょうが、出会いを求めて積極的にアタックすることも大切なことかも知れませんね。 スマイルさんには一生この人といっしょにいたいと思う人が今いらっしゃいますか?
_ みかん ― 2009年05月28日 14時39分29秒
『孝行したい時に親はなし』この言葉、私は、ある舞台のセリフで知りました。それ以来、できるだけこの言葉を忘れないようにしていますが、なかなか自分に素直にになれず・・・・。
いつも迷惑かけてばかりで・・・こんなはずじゃなかったのにと後悔が残るばかりです。
いつも迷惑かけてばかりで・・・こんなはずじゃなかったのにと後悔が残るばかりです。
_ ニョエ ― 2009年05月28日 16時49分33秒
そうでしたか。命日だったんですね。 きっとお父様もそばで満足されてるのでは? 自分の事を思い出してくれる家族がいるって、有り難い事ですもの。
_ 谷 千春 ― 2009年05月28日 20時56分32秒
みかんさんへ みかんさんは大好きな舞台から、いろいろなことを学んでいるのですね。 親のありがたみは親が死んだ後わかる、それは100年前も100年後も変わらない真実。 だからこそ、このことばが時代を越えて語り継がれていくのかも知れませんね。
_ 谷 千春 ― 2009年05月28日 21時02分12秒
ニョエさんへ 確かに自分がこの世からいなくなるのもさみしいですが、自分が人々の記憶から消えてしまうことはもっと悲しいことですね。 全てのものは永遠ではありませんね。もちろんこのブログも・・・。
_ スマイル ― 2009年05月28日 22時57分29秒
谷先生
スマイルです。
……。かなりセンシティブな、微妙な内容ですし、これを読んではいませんが、人を巻き込んでもトラブルになってもいやですので細かいことは差し控えます。が、いまいいなと思っている人はいます。その人のためならどんなことでも(お縄にかかること以外なら)なんでもしよう、いのちをかけてでもがんばろう、という気持ちにはなれます。できたら一生そばにいてほしいなと思いますが。
上の谷先生のコメントとも重なりますが、スマイルが書いているブログも、秋の手話つき朗読舞台も、手話ソングも永遠ではありません。いつかは終わる時がきます。悲しいことですが、いつかはこの世とおわかれしなければなりません。
ただ、朗読舞台であれ手話ソングであれ、たったひとりでいいから誰かのこころに残るものになれたら、スマイルはそれだけで十分幸せだと思います。
スマイル
スマイルです。
……。かなりセンシティブな、微妙な内容ですし、これを読んではいませんが、人を巻き込んでもトラブルになってもいやですので細かいことは差し控えます。が、いまいいなと思っている人はいます。その人のためならどんなことでも(お縄にかかること以外なら)なんでもしよう、いのちをかけてでもがんばろう、という気持ちにはなれます。できたら一生そばにいてほしいなと思いますが。
上の谷先生のコメントとも重なりますが、スマイルが書いているブログも、秋の手話つき朗読舞台も、手話ソングも永遠ではありません。いつかは終わる時がきます。悲しいことですが、いつかはこの世とおわかれしなければなりません。
ただ、朗読舞台であれ手話ソングであれ、たったひとりでいいから誰かのこころに残るものになれたら、スマイルはそれだけで十分幸せだと思います。
スマイル
_ 谷 千春 ― 2009年05月29日 06時29分27秒
スマイルさんへ 私は他人のプライバシーに首を突っ込むつもりも、恋路を邪魔するつもりもありません。 ただ、スマイルさんに、一生この人といっしょにいたいと思える人がいるということはとてもうれしいことですねぇ!
_ スマイル ― 2009年05月29日 07時04分05秒
谷先生
ありがとうございます。恥ずかしいですね(*_*)。
思いが実るかどうかはまた別問題ですけれども。
スマイル
ありがとうございます。恥ずかしいですね(*_*)。
思いが実るかどうかはまた別問題ですけれども。
スマイル
_ ゆきだるま ― 2009年05月29日 09時30分59秒
谷 先生
お父様の命日だったのですね、入院中病院から呼び出しを受けた時の先生のお話を思い出します。
我が家も4、5月で6人の命日があります、この頃は母の夢をよく見ます、私が母を抱いている、変な夢を見たりして焦ってしまいます。
我が父は頑固一徹、内面悪く他人様にはとことん尽くす変わり者かも、吹雪の学校帰りは向かえに来る家族がありますが、我が家は一度も経験がなかった、でも雪まみれで家に着くと、ストーブを焚き、その上でお芋等を焼き、待って居てくれました、父のその気持ちを理解出来たのは大人になってからでした。
やはり親はあり難いものですね。
先生はお母様やご家族をとても大切になさっていられますね、その気持ちが伝わってきます。
お父様の命日だったのですね、入院中病院から呼び出しを受けた時の先生のお話を思い出します。
我が家も4、5月で6人の命日があります、この頃は母の夢をよく見ます、私が母を抱いている、変な夢を見たりして焦ってしまいます。
我が父は頑固一徹、内面悪く他人様にはとことん尽くす変わり者かも、吹雪の学校帰りは向かえに来る家族がありますが、我が家は一度も経験がなかった、でも雪まみれで家に着くと、ストーブを焚き、その上でお芋等を焼き、待って居てくれました、父のその気持ちを理解出来たのは大人になってからでした。
やはり親はあり難いものですね。
先生はお母様やご家族をとても大切になさっていられますね、その気持ちが伝わってきます。
_ 谷 千春 ― 2009年05月29日 15時02分52秒
スマイルさんへ 恋が実ることをお祈りしています。 あっ、プレッシャーをかけている訳ではありませんよ。(笑)
_ 谷 千春 ― 2009年05月29日 15時10分07秒
ゆきだるまさんへ 2ヶ月で6日の命日ですか?つらいですね。 本当は迎えに行きたいけど恥ずかしいし、格好が悪いから行かない!そんなお父さまの暖かさが伝わってくる話でした。
_ スマイル ― 2009年05月30日 00時46分56秒
谷先生
応援を下さり、ありがとうございます。
……。でもスマイルは、もしいまの思いが実らなかったら、これを最後にするつもりです。
なぜって、これほどまでにわたしのこころを揺り動かした、わたしにとって大切な人はいないから。今後も現れないと思うからです。
スマイル
応援を下さり、ありがとうございます。
……。でもスマイルは、もしいまの思いが実らなかったら、これを最後にするつもりです。
なぜって、これほどまでにわたしのこころを揺り動かした、わたしにとって大切な人はいないから。今後も現れないと思うからです。
スマイル
_ 音子 ― 2009年06月17日 10時12分28秒
上野のとんかつ…
生前の父に連れて行って貰ったのが、上野のぽん多。
色白な衣、2㎝近い厚みに目を丸くしていた私に、「ここのはカツレツ
って言うんだぞ」と自慢げに話していたのを今も鮮やかに覚えています。
ぺろり!と食べ終わった私に、「もう1枚食べるか?」と冗談ぽく言った
その口調と目も。父が突然亡くなってから今年で15年になりますが…
思い出は今も不意に記憶の底から浮かんで来ます。
生前の父に連れて行って貰ったのが、上野のぽん多。
色白な衣、2㎝近い厚みに目を丸くしていた私に、「ここのはカツレツ
って言うんだぞ」と自慢げに話していたのを今も鮮やかに覚えています。
ぺろり!と食べ終わった私に、「もう1枚食べるか?」と冗談ぽく言った
その口調と目も。父が突然亡くなってから今年で15年になりますが…
思い出は今も不意に記憶の底から浮かんで来ます。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://ct-tora.asablo.jp/blog/2009/05/27/4326285/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
時間が経って、本当にいないんだ‥と実感するにはたくさんの時間が必要な気がします。
お母様と仲良くて、お父様も安心してると思います。
うちの親父は裕福な家で育ったため、贅沢で美味しいものは自分だけでした。
今だから『食べるか?』とか聞くけど(もちろん聞かれなくても食べる)子供の頃は、みんなでつまむとか無く、一人づつご飯が分けられていました。
私が初めてウニを食べた時、親父がすごい嫌な顔したの覚えてます(自分の食べる分が減るから)笑
先生のお父様とは大違いですね。
もう歳なので大切にしなきゃと思います。