マイウェイに送られて ― 2012年02月07日 19時20分53秒
2月7日『マイウェイに送られて』
今日は昨年の暮れに、63才でお亡くなりになった学長の大学葬に行って来ました。東京は朝から冷たい雨が降っていました。学長を偲んでの涙雨だったのでしょう。
学長は、長年福祉の世界、特に児童福祉の世界で研究や指導をされてきました。特に児童虐待の分野では、「問題のある家庭にアプローチしたのでは対処療法に過ぎない。子どもの権利を守り、虐待を社会的に予防することこそが必要」と精力的に活動をされていました。
もちろん私は個人的にお話しをさせていただいたことはありませんでしたが、亡くなった今思い出すのは、いつも先生や学生たちを後ろから見守っている笑顔です。献花の時には学長が大好きだったという「マイウェイ」をマンドリン部が演奏し、全員で送りました。
学長、今までお世話になりました。お疲れさまです、そしてありがとうございました。どうぞごゆっくりお休みください。
奥州街道の旅、今日は1万8234歩で10.8km。5番目の杉戸(すぎと)と、6番目の幸手宿に到着しました。次の栗橋宿まではあと4.8kmです。学長と悲しいお別れをした今日の二句は、
「杉の戸(杉戸)を 明けてぞ今朝は 涙雨」
「去って(幸手)知る ずっと背中に その笑顔」
今日は昨年の暮れに、63才でお亡くなりになった学長の大学葬に行って来ました。東京は朝から冷たい雨が降っていました。学長を偲んでの涙雨だったのでしょう。
学長は、長年福祉の世界、特に児童福祉の世界で研究や指導をされてきました。特に児童虐待の分野では、「問題のある家庭にアプローチしたのでは対処療法に過ぎない。子どもの権利を守り、虐待を社会的に予防することこそが必要」と精力的に活動をされていました。
もちろん私は個人的にお話しをさせていただいたことはありませんでしたが、亡くなった今思い出すのは、いつも先生や学生たちを後ろから見守っている笑顔です。献花の時には学長が大好きだったという「マイウェイ」をマンドリン部が演奏し、全員で送りました。
学長、今までお世話になりました。お疲れさまです、そしてありがとうございました。どうぞごゆっくりお休みください。
奥州街道の旅、今日は1万8234歩で10.8km。5番目の杉戸(すぎと)と、6番目の幸手宿に到着しました。次の栗橋宿まではあと4.8kmです。学長と悲しいお別れをした今日の二句は、
「杉の戸(杉戸)を 明けてぞ今朝は 涙雨」
「去って(幸手)知る ずっと背中に その笑顔」
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