コンサートの手話通訳を担当して ― 2008年10月25日 10時01分46秒
昨日は文京シビックセンターで、区内の心身障がい者の団体と日本子守唄協会が共催するコンサートが開かれ、手話通訳を担当しました。古い子守唄も多く歌詞も難しい部分がありましたが、意味を調べたり、他の通訳者と相談して何とか手話に訳してみました。
大きなホールでは後ろの席の人からも見えるようにやはり手話も動作も大きくなります。しかし、難しいのは主役はあくまでも歌手の人なので、目立ちすぎて邪魔しないことも大切ですね。
私は3回出番があり、最初は区長のあいさつだったので紺のスーツ、二番目は緑の山をテーマにした歌だったので緑のカーデガン、最後は貧しい労働者の歌だったので赤いシャツで舞台に登場しました。他のふたりの通訳からは「男性の通訳で3回も着替えた人は初めてだ」と冷やかされました。もちろん手話通訳は手話が見やすいように、黒か紺の服を着るのが一般的ですが、ステージの時などは雰囲気も大切にしたいと私は思っています。
3人のチームの中でひとり新人の通訳がいました。たまたま彼女が出番の時に難しいお話し(そもそも子守唄とは?親と子の絆とは何か?など)があり、私はもうひとりの通訳のNさんと舞台の袖から心配しながら見ていたのですが、頑張って見事に通訳をしていました!Iさん、とっても上手でしたよ。お疲れさまでした。
定員300人の開場は一番後ろの席までほぼ満席でした。来てくださった皆さん本当にありがとうございました。
大きなホールでは後ろの席の人からも見えるようにやはり手話も動作も大きくなります。しかし、難しいのは主役はあくまでも歌手の人なので、目立ちすぎて邪魔しないことも大切ですね。
私は3回出番があり、最初は区長のあいさつだったので紺のスーツ、二番目は緑の山をテーマにした歌だったので緑のカーデガン、最後は貧しい労働者の歌だったので赤いシャツで舞台に登場しました。他のふたりの通訳からは「男性の通訳で3回も着替えた人は初めてだ」と冷やかされました。もちろん手話通訳は手話が見やすいように、黒か紺の服を着るのが一般的ですが、ステージの時などは雰囲気も大切にしたいと私は思っています。
3人のチームの中でひとり新人の通訳がいました。たまたま彼女が出番の時に難しいお話し(そもそも子守唄とは?親と子の絆とは何か?など)があり、私はもうひとりの通訳のNさんと舞台の袖から心配しながら見ていたのですが、頑張って見事に通訳をしていました!Iさん、とっても上手でしたよ。お疲れさまでした。
定員300人の開場は一番後ろの席までほぼ満席でした。来てくださった皆さん本当にありがとうございました。
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