江戸の薬草園2013年10月04日 19時45分46秒

今日は千葉県の習志野(ならしの)へ行ってきました。
電車に乗っていたら「ひゃくえんだい~」という車内アナウンス。えっ百円台?と思って見たら「薬園台(やくえんだい)」でした。

仕事が始まるまで1時間半ほど時間があったので町の中を散歩しました。ひっくりしたのは、どの施設も広いのです。薬円台公園は日比谷公園、薬円台小学校は東京の高校、薬園台高校は東京の大学並みの広さです。特に薬園台高校には広い農園がありました。
江戸時代は伝性病で死ぬ人が多くいました。そのために八代将軍吉宗は全国各地に薬草を増やしたり、新しい薬草を発見したりするための農地を奨励します。そのひとつがここ薬園台だったとのこと。もしかしたら高校のこの広い農園もそのなごりなのかもしれませんね。
1004高校の農園
その後、船橋市郷土資料館へ。
ここ習志野は船橋市にあります。船橋市は海が埋め立てられる前は、優れた漁場として栄えていたそうです。春から秋は魚とり、秋の末から春先までは貝とりが主に行われていました。そのため資料館の中には、漁業に関する展示品がたくさんありました。下の写真はのりの養殖場を歩くための「のりげた」です。
また、延享3年には津波によって亡くなった人のための供養にと大仏が建てられました。以来、毎年2月28日には船橋の漁師たちは一日漁を休み、亡くなった方への供養を行っているのだそうです。船橋の皆さん、そのことをご存じでしたか?
1004のりげた
さて、習志野で歴史散歩を楽しんだ後は、駅前の障害者会館へ向かいました。
今日は「聴覚障害者のコミュニケーションのいろいろ~手話の楽しさ~」というテーマでお話しをさせていただきました。
ろう者、難聴者、手話サークルの皆さんなど、40名ほどの皆さんがお集まりくださいました。「てぃぐる千葉」のメンバーも何人か来ていましたし、中にはこの時間だけ職場を抜けて来てくださった方もいたようです。
前半は私自身の手話に関する体験談、後半は皆さんに手話表現をしていただきましたが、いかがだったでしょうか?質問も多く出て、とても和やかな雰囲気でした。
習志野の皆さん、そして船橋市の皆さん、今日は本当にお世話になりありがとうございました。
1004講演会
※地名は、小学校と公園は「薬円台」、駅と高校は「薬園台」と表記するそうです。

コメント

_ 金子裕美 ― 2013年10月04日 21時56分26秒

今日は講演会ありがとうございました。3年前に先生の講演会に参加。そこで初めて要約筆記者の方を知りました。その後市の講習会に参加し、今年4月より要約筆記の仕事を始めました。今日は講演会に参加でき本当に嬉しかったです。手話も勉強中です。どちらもまだまだ駆け出しです。もっと技術を磨き頑張りたいと思います。又お会いできるのを楽しみにしていますm(__)m

_ 釈千手 ― 2013年10月05日 08時06分36秒

金子裕美さんへ
昨日はお疲れさまでした。
3年前に私の話を聞いてくださり、それがきっかけで活動をされるようになったというのはとてもうれしいことです。
要約筆記の仕事をされているということは昨日も私の話を書いてくださったのでしょうか?ありがとうございます。
またどこかでお会いできることを楽しみにしています。
コメントありがとうございました。

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